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甲南高等学校同窓会ホームページ開設記念特別対談企画

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鳥居 学・・・やっぱり先輩(鳥井 信吾)も仰ったように、偏差値教育にとらわれなければグローバルにものごとを見ることができますね。確かに勉強は大事ですが、受験勉強で勝ち抜いてきた人とはまったく真逆で、人間性が主体になりますし、ものの見方がまったく違っています。その様なところが甲南の教育の独自性だったと感じていますし、今があるのだと思うんです。

鳥井 信吾・・・偏差値教育を受けると、偏差値しか価値基準がなくなり、一生それに支配されるおそれがある。その外へ出ることができなくなる。甲南生の場合は、自由に束縛されず、いつでも価値観の外へ出られるということが大きいと思います。それは「世界に通用する紳士」の目指すもの、そのものでしょう。

鳥居 学・・・いい環境で育ってられますよ、皆さん。逸脱して社会的な事件を起こすような生徒もいなかったですし、しっかりした家庭の息子さんがたくさんおられたので、そういう意味ではバランスの取れたよい学内生活ができましたね。

鳥井 信吾・・・他人を蹴落として他人を貶めて自分が上がっていこうとか、そういった発想というのはまったくなかったですね。

鳥居 学・・・確かになかったです。

鳥井 信吾・・・ただ、そこに関してはマイナスの面もあって、世間はそんな人ばかりではないですよね。やっぱり世の中に出ると弱肉強食の世界です。企業でもそうです。そういう意味で甲南の教育しか知らないと社会生活で少ししんどい部分がありますね。外の厳しい世界を知らずに過ごせる人は幸福な人だとは思いますが、厳しい環境下に置かれると、それだけではしんどいところがある。それは自らの力で克服すべきですが、「常に備えよ」さえ守っておれば何の心配もいらない。

— 鳥居 学さんのお父様・鉄三郎氏は千日前で旅館「上方」を経営されていました。松本幸四郎、尾上松綠、古今亭志ん朝、立川談志、朝丘雪路、津川雅彦、緒形拳など、そうそうたる著名人が出入りする旅館でした。桂米朝さんが「粋人やったんやなぁと感じ入りました」と言われたように、鉄三郎氏は上方の芸や大阪の郷土史に造詣の深い方だったそうです。その後旅館を閉めてから、桂米朝さんの「ここは上方芸能の中心地なのに若手落語家を育てる場所がない、それを作って欲しい」との声に応えて鳥居さんは跡地に「上方ビル」を竣工し、そこに「トリイホール」を開設されました。以降、上方芸能の振興に力をそそいでこられました。
 一方で、サントリーさんは、サントリーホールやサントリー美術館など、まさに世界に誇る文化的貢献をされています。
鳥居 学さんは、この前お話をうかがった時「上方の文化を振興させることでナニワの経済はより活性化され、ひいては日本経済の活力の源となる」と明言されています。実際に上方文化や日本文化を世界へ広める構想をお持ちだとか。

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